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犯罪者の権利の難しさ 「ショーシャンクの空に」から考える

「ショーシャンクの空に」は20年たった今でも心に突き刺さる名作だ。

無実の囚人、アンディのもつ希望の力に心を揺さぶられる。

その他の無実でない囚人たちの未来に対しても、つい幸せになってもらいたいと思ってしまう。

 

もし、アンディが本当に殺人を犯していたら脱獄という希望は悪になってしまうのか?

少し考えていきたい。

 

希望を持つ権利。

誰しもが持つことを許された権利だ。

しかし、刑務所の中にいる人々が「普通に生きたい」と望むことは当然だ。

 

刑務所の中にいる犯罪者も人間だ。

どんな希望も持つことは許されている。

この刑務所の中にいる犯罪者には、この希望を持つ権利を禁止できる権利は誰もいない。

例え、被害者であっても他人の希望については手の出しようがない。

 

しかし、「殺人」。

これは、他人の生きる権利を奪ったものだ。

何十年、刑務所にいようと許されるべきではない。

 

暴力を犯し、「重大な障害」を残してしまった人。

被害者は、一生、元の生活に戻ることができない。

普通の生活を送る権利を奪ったと同じだ。

犯罪者は裁判の決定によっては、何年か刑務所にいれば、全て元通りとはいかないだろうが、最低限の生活を送ることができる。

 

この、生きる権利や普通を奪ってしまった犯罪者は、裁判や刑務所の裁量だけで許されてしまっていいのか。

もし自分が歩くことができなくなってしまったとなれば、一生加害者を許すことはできないだろう。

その人を社会に戻すことを許した社会に対しても、怒りを覚える。

 

前にも言ったように、犯罪者も人間だ。

裁判で決められた期間、罪を償えば社会に戻ることができる。

これは、この国の法として定められている。

そして、自分自身も他人のことなら、法の許しを得れば、社会に戻るべきだと思う。

この自分の他人の感情への無関心さが、被害者の心を痛めるのだなと思う。

 

加害者側にも生きる権利がある。

刑期を終えれば、いわゆる普通の生活を送れる。

「元犯罪者」という目を受けながら。

無関心で無責任な自分がそんなフィルターを通して加害者を見てしまうだろう。

これは自分が普通に生きる権利を加害者から奪ったことになる。

 

この国のシステムがおかしいとか、そんなことは言いたくはない。

ただ、被害者、加害者の感情に寄り添っていけばいくほど、辛い。

罪は誰一人も幸せにしない。

 

 

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